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かぐや姫 岡潔の情緒 火星のブリスカくん

2016.10.30 22:49|映画の中に見たもの

「かぐや姫」を見に行ったのはウィーンの5区にある Filmcasinoというところでした。その建物は1911年からあってたいそう味のある小さな映画館。ウィーンではこういう映画館がなくならないように保護しているんです。いいですなぁ〜。それで、「かぐや姫」のこと今頃新しい思いと一緒に書き出してみますよ。

映画館5区


「かぐや姫」はこちらでも評価が高くって見たい見たいモードでいました。会場でも男の人が実家に電話して「すごい良さそうな映画なんだ〜」と説明に力が入っているのが聞こえてきました。子供より大人のカップルが多かったのです。

いやぁもうすごかったです。ほとばしる感情を抑えられませんでした。こんな素晴らしい心に迫る映画は久々です。目を真っ赤にして会場を後にしました。

この作品はもう始めから圧倒的で、最初そろりそろりと音が流れてきてその音がもうすでに「日本」を漂わせ、久石譲さんの音の誘いは魔術ですね。すっとその世界に入りました。
絵をみてやはり心象の風景の方が実物の風景より何倍もいいなぁと思いました。なにせ美しい。日本が目の前に広がって行きます。こういうのを西洋人はどう心の奥で見ているのだろうと思いました。やはり日本好きの人は同じ要素には敏感な感性があると思うのだけど・・・懐かしさみたいなものはあるのだろうか・・・。

おじいさんの目が優しくて、かぐや姫のあらわれ方に心をわしずかみにされました。

たけのこがむくむく、花が開いて何かが放射される様子。放射の描き方がシャーという線じゃなくてぽつぽつで、このぽつぽつにじわっときました。ポツポツとはなんじゃ、それは今はやりのクオーク同士を結びつける強い力、ニュートリノな弱い力だの非可換ゲージ対称性とかの物理の最先端に違いない。すごいわと思いました。

不思議なことが起きて瞬間におじいさんが手を合わせ、こうべを垂れるところもすごく良かったです。

何か普通じゃないことへの反応が手をあわせる行為、どこかありがたいことに思える意識がほんと好きだなぁと思いました。

おじいさんのしぐさがかわいくてなんとも言えません!あくびをして伸びをするかぐや姫のかわいさ!もうたまらん。

全てに日本がほとばしってまだ始まったばかりなのに私はこれは傑作だと力拳でした。

かぐや姫が赤ちゃんになっておばあさんがおっぱいをあげるところにはっとしました。自分の時のことを思い出した。

自分から母乳が出るということは、まことに面を食らいます。今までなかったものがどこからかできる感じ。
いきなり乳の道ができる。CG的にじわじわと。そして道ができたときに飲み物がそこを通るんですよ。通ってるのがわかるんですよ。自分はロボットかと思いました。

そのことに私は顔が赤くなる感じでした。全身女でどーしようかと思い乳腺というものに感心はしたけれど牛乳が身体を走るのはまことにすごいものです。生身は痛いんですけどね。
おばあさんはすんなりとそれに対応しておられこういうことは自然に起きるのだろうなと感じさせる表現がとてもよかったです。

それにしてもこの作品は本当に細部が行き届いて見事でしたね。風の音で笑う赤ちゃん、木の陰に反応して手を伸ばして喜ぶ様子、周りにあるものが刺激になって生命がはちきれていた。それがやたら美しく感じる

ずんずん大きくなって赤ちゃんはハイハイも始まっておじいさんがはさみを取り上げて「おっと危ない、これはまだだめだよ」と言うところで思わず父親を思い出してしまったり。この守られる温かみ

全部が愛情で。おばあさんが慌てて赤ちゃんを追うところ、あのフットワークの良さ。人は人のためならものすごい力が出るのだと思いました。

そして、おじいさんの声が・・・・・おじいさんの喜びが大きくて大きくて・・・。

鼻水をすするとバレるからしばらく垂れ流しで涙もごーっと滝のように流していました。懐かしくて、あたたかくてどうしようもなかったです。海外にいてそれを見てると余計郷愁もあり、いやその前に自分もかつてはあのように愛されたのだという思いがうわーっときまして次に自分もあのように子供を慈しんでいたのだという思いもあり・・。さらに、人間というのはいつでも愛をあげられるものなのだと感動するのです。なのにおじいさんが良かれと思うことがかぐや姫を追い込んでいく。


物語はずんずん進みかぐや姫は山を出て里に降りる時間がきました。映画で言いたいことはどうやら歌にあるようだと感じました。


『巡って心を呼び返せ』なんのこころをどこによびかえすのだろう・・・・・



かぐや姫は新しい経験に囲まれ様々なことの好き嫌いがどんどんはっきりしてきました。生きるって好き嫌いをはっきりさせることなんだなとそれを見て思う

おじいさんはこれらのことを神様の思し召しだと思い込んでいて
彼にとっても最高の愛情と神様の心の理解とはこういうことだったのだなぁとおもってみていました。

前に細木数子さんが人にとって幸福とは衣食住です!と言い切っていたのだけど、私はその言葉が気になって気になって仕方がなく、でもおじいさんは細木和子さんに従うように衣食住に全力を尽くし、全てに最高のものをかぐや姫にと思っていたのでした。

おばあさんは自分の好きなことを知っているマイペースの人でした。でもおばあさんはおじいさんの愛情の表現を黙ってそのままにさせてあげている。

二人が顔を真っ白にして高いところに座っていた時は微笑ましくて私はかわいいと思いました。

成金と思われてもいいじゃないか、何かを変えようとすること、自分を変えようとすることは偉いと思うのです。社会の中にいると時々あぁいうふうに顔を真っ白にしたいのだなという人たちを見る。ヨーロッパならロイヤルファミリーを真似る人、今ならセレブというこの現象。全人類の民はみんな一度はやってみたらいいのにと心底おもう。

しかし世界はこれを遊びではなく本気でやり出した。それをカテゴリーのひとつではなくひとつの方向として高め固定しようとした。そうなると話は別なんじゃないかと思うんです。

この話はまるで現代の今の問題となにも変わらない。かぐや姫の気を引こうとする公家たちも、かぐや姫が落ちるところもほんと重力のある世界ならではの振り回されになってきた。


かぐや姫が走り抜けるシーンはムンクが叫んだあの世界からの逃避だと思った。西洋でも東洋でもその世界は私たちの鼻先にある。今もあり続ける。

かぐや姫は月に向かって走る、山へ向かって走る、逃げる逃げる。その描き方はぐわんぐわん心に響いてくる。あんなに走って逃げ切れたらどんなにいいかと思う。

この世界は好きだけど振り回されるのは御免なのだ気持ちだって落ちたくない。誰も傷つけたくない。でもこの世界はいつしか自分を飲み込んでくる

そしてかぐや姫が御門に抱きつかれたシーン、そこで一瞬で姿を消して瞬間移動したかぐや姫。

全身で嫌いだと思うことが中で眠っている自分の能力を開花させること。
感情を使えということ。

まぁでもこれについては最近わかったことがあって感情はやはり使えるんですが、怒りとかの感情よりも、自分を肯定する何かを見つけると、その高ぶりの中で超常現象が起こることが多いとおもいました。
・・・・とにかく、この後の話の流れはすごいところに行き着くんです。



誰でもこの現実を地球上で生きれば一度はこんな酷いところから出たいと願うことになる。

映画でもそんなかぐや姫の無意識に思ったことが月に通じてお迎えが来る。

かぐや姫は天上の者に「月に戻れば心が乱れることもなく地上の穢れも消える」といわれる。極楽浄土へのお誘いだ。

でもかぐや姫は「地上は穢れてなどいない」と返すのです。

これは今までの、宗教的な、お迎えが来ました、天上が一番の極楽です。かぐや姫は天上の人、という流れを変えたところだと思いました。

そうかジブリはそれを言いたかったのだと思いました。「地上は穢れてなどいない」と


かぐや姫は地上では万能で、なんでもできて、優秀な情の人、普通の人とは違う成長の速さ、明らかに宇宙人デス。その人に「地上は穢れてなどいない」と言わせるこの時間軸のメッセージは何の意味なのだろうか。


この作品で一番泣けたのはかぐや姫が記憶をなくすところ。こうなれば天上界の容赦ないのがほんと泣けます

でも天に旅立つ時、地上から歌が聞こえてきてかぐや姫に届いて意識をはっとさせるところ
天にいる人が感情を忘れてもただ涙が出るところ。そしてかぐや姫はそれを見て心を揺さぶられるといったシーン


あぁ今ならわかりますあの人の気持ちが   
『あの人はあの人もまたこの地にかえってきたかったのです。きっと 』なんてセリフもあり


やはり一度地球を体験するということはそういうことなのかと思うんです

ここで命の記憶という曲の事を思うのです。

かぐや姫は記憶を失う。でも魂の記憶はあり続け、記憶を消されても涙が出る。


高畑さん、ジブリの解釈はかぐや姫は禁断のこの地にあこがれ その罰としてこの地に降ろされたのかも
ということでありました。けれど私はなんだかここが罰とも思えなくなっているんです。

きっと肉体を持ってここにいる大きな本当の事というのはその間に「わかる」ということが意識に刻印されそれを伴って次にいくことなんですね自分の状況がわかって次の星へ向かう。意識していくという事です。

ここはいつでもこれから先がどうなるか人類の選択が分かれていく場所ですよね


そして、数学者の岡潔が言ってた情緒のことをこの作品は全力で語っていると思いました。

このアニメは童謡の懐かしさ、筆の流れのような画、季節感、心情、全てにおいて日本的情緒にあふれていました。岡さんは情緒ということを強く強く語り残してくれていました。季節感という情緒は万年単位でないと培われないものなのであって、これが日本文化の伝統を根底から支えているものなのであるというのです。さらにこうも言ってます。

日本人は「情」の人である。人としてそれが正しいんです。そうであるということが非常に大事だのに、少しもそれを自覚していない。幸福とは何が幸福かということですが、これは知、情、意のうち「情」が幸福なんです。と


いやここで私は本当に答えを得た感じでした。細木数子さんは衣食住が幸福だと言いましたがやはり幸福は情の獲得じゃないでしょうか。衣食住じゃないんだ!!!


情があれば宇宙どこへ行っても通用する感じがします。


岡潔のいう「情」ですがこれは憐れみとかそういうことでもないんです。かぐや姫が生き物に対して持っている眼差しとか、おじいさんおばあさんへの愛情であるとか、生命の驚き、躍動感みたいなものは情動だとわかりますが。でも一番は本質を見抜けること、これが情なんだと私は解釈しました。

本質を見抜いて見抜いて高い次元へと抜けていくのです

岡潔は自然は映像であって、存在ではないといってるんですよ。びっくりでしょ。ここを見抜けと言ってるんです。
季節感は実感です。私の入れようがないことだと。(岡潔思想研究会、横山賢二さん解説 より http://www.okakiyoshi-ken.jp/oka-17-00.html)


いちいちうなずけます。


川口淳一郎博士は我々は地球生まれじゃないという。

金というのは星の上では絶対合成されない。金は超新星爆発の際に合成される。地球はかつて存在した太陽系の残骸でできている。残念ながら私たちはオリジナルじゃない全員がエイリアンだと。

火星から来たブリスカ君は7万年前のレムリアの歴史を細かく覚えている。身長3メートルの古代の人間、地球規模の変動

当時火星では核戦争があって現在も火星では地下に9メートルの背丈を持つ種族が住んでいる事、彼らは二酸化炭素を呼吸しているらしい。

火星製の宇宙船は6つの層から出来ていて地球までは一瞬で来れ別の宇宙にも移動できる事。エジプトのスフィンクスの耳の部分に隠されたしくみがあったが詳細は思い出せないという事・・・・・。

「星替え、星替え、星替え、星替え」と岡潔が言う。

人は潜在的に皆かぐや姫の可能性があります。であるからこの物語は今もこうして登場して私たちの心にメッセージを残すのだとおもいます。


「巡って心を呼び返せ」とは

月の記憶、宇宙の記憶を輪廻中にそろそろ思い出せということなんだと思いました。


最後にブリスカ君の言葉を再び・・・・・・・。


「病気は、人々が適切な生活を送って幸せになれないことから生れます。人は他人に干渉したり、他人の運命をすべきではありません。人は自分の過去の過ちによって苦しむのではなく、自分に定められたこと(使命)に触れ、その高みに到達しようと努め、自分の夢を獲得するように歩むべきです。

あなた方はもっと同情心と思いやりを持たねばなりません。もし誰かがあなたを殴れば、その相手を抱きしめ、自分を詫びて、その相手の前でひざまずいて下さい。もし誰かがあなたを憎むのなら、心の底からその人を愛し、許しを請うのです。これが愛と謙虚さの法則です。

なぜレムリア人が死んだのかわかりますか? 僕にも少し責任があります。彼らはさらなる精神性の向上を求めなかったのです。彼らは定められた道から外れて、惑星全体を破壊することになりました。そのような魔法の道は袋小路へと導いてしまいます。愛が真の魔法なのです!」




何を軸に私たちは進むのか、どこへ向かうのか・・・



ところで・・・・・
月の住人の降臨のシーンがすごく楽しみでした。どうやってくるのだろうと思って。そしたらサマーランド的で笑ってしまいました。すごく良かった、音楽も!でも同時に脳内で「移民の歌」が響いてきてこれだったらどうであったかと想像して吹きました。










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